職場での部署間の文化の違いは、組織に多様性をもたらす一方、時には反目や退職などの深刻な問題に発展することがあります。この記事では、実際に起きた「部署間の文化の違いが原因で社員が退職に至った事例」をもとに、部署間の文化対立を防ぐポイントを解説します。
目次
部署ごとの文化や考え方の違いが対立を生む理由
企業の中には多種多様な部署・事業部などがあり、それぞれの業務内容やKPI、部門長のリーダーシップスタイルによって文化が異なることがあります。たとえば、営業部門では「結果第一主義」が重視される傾向があり、研究開発部門では「プロセスやイノベーションの自由度」が重要視される傾向があるなどが該当します。こうした部署ごとの考え方の違いは自然発生的に生まれるものですが、同一の会社であることには変わりがないため、それだけに部署の常識が他部署と異なるということを意識するのは難しい現状があります。
部署ごとの文化や考え方の違いは、対立を生む原因となり得ます。しかし、同一企業内の部署間の対立は、適切なコミュニケーションによって解決できるケースが多いことを忘れてはなりません。同じ会社に属している以上、企業全体としてのビジョンや目標を共有しているはずです。その共通基盤を活用すれば、部署間の摩擦を減らすことが可能です。
【事例】納期をめぐる営業部と生産部の心理的対立
I社は車載部品の製造を行っているメーカーです。カーオーディオに使われるパーツの制作を担っており、大手自動車メーカーの下請け業務を20年ほど続けています。
I社は創業者が「仕事は夜討ち朝駆けで取るもの」というモットーを持っていたことから、「他社よりもよい商品を早く納品する」ことに自社の価値を置いてきました。そのため、生産部署や検品・管理を担う部署は常時三交代制で稼働しており、営業部署は他社よりも早い納期提示で顧客から受注を受けることでその生産性を維持するというスキームになっています。
ところが、生産部署ではここ数年、労働力不足に悩んできました。特に、深夜時間帯を担う社員が獲得できず、ラインをフル稼働させることができない状態でした。このことは経営層も自覚していましたが、労働者を獲得するための賃上げをする原資に乏しく、また製品の価格転嫁は難しいという判断から、生産性を落として操業せざるを得ませんでした。
しかし、そうした事情を営業部が顧客に説明しても、なかなか理解が得られません。納期が維持できないのであれば値引き交渉に応じてほしいと告げてくる顧客もあり、新規の受注も思うように伸びない状態になっていました。
このような状況において、営業部と生産部の社員同士に感情的な対立が生まれていました。特に、生産部で生産管理を担っていたオオノ課長と、営業部のタカハシ部長はそれぞれの部門を背負って折衝することが度々ありました。そのような折に、このオオノ課長の部下であるアキカワ主任が、退職したいと申し出てきたのです。
「オオノ課長はとても素晴らしい人だと思うし、自分をはじめとしてうちの部署のためにサポートしてくれていると思うが、営業部からの言葉を伝えるだけでも自分には荷が重い。会議などで同席していてもタカハシ部長は生産が怠慢だから納期に間に合わないような話しぶりで、到底納得できない。言い返してもトラブルになるだけだと思って飲み込んでいたが、部下や社員からのプレッシャーもあり、もうここで自分が頑張り続けることはできないと思う」
アキカワ主任はオオノ課長の慰留に対しそのように語り、I社を去ることになりました。オオノ課長は腹心とも思っていたアキカワ主任が退職したのは営業部の無理な納期設定によるものだ、価格転嫁ができないのは営業部の交渉力が弱いからではないかと考えるようになり、そのような意識が言動の端々にみられるようになりました。
対立しがちな部署の文化衝突を解決するステップ
この事例では、すでに実際の生産管理を担っていた社員が退職するという事態に至っており、早急に改善が望まれる状況です。しかし、アキカワ主任が指摘するように言い返すという攻撃的なコミュニケーションでは状況の改善は見込まれません。
ここでは実際に取り組んだ解決のためのステップを紹介し、その効果を解説します。
1 自部署の文化を知る
まず行うべきは自部署の文化・社風を自覚することです。自分の部署がどのような「常識」や「当然の前提」を持っているかを知ることが、こうした部署間の対立を防ぐ第一歩となります。
組織心理学の父と呼ばれるエドガー・シャイン博士は、組織文化を「社員の行動や意思決定の基盤となる、深層に潜む基本的な前提」として捉えています。これは、組織が過去に経験した成功体験から形作られたものです。
企業は、外部環境への適応や、内部での調整を通じて様々な課題に取り組んできました。その過程で得られた解決策や方法が「成功体験」として蓄積され、組織全体の共通の価値観や行動指針となります。これらの価値観や指針は、新入社員が入社後の研修や日常業務を通じて無意識のうちに学び、企業内で広く共有されるようになります。このように形成された共有の思考パターンや行動基準が、企業文化の核となる「基本的な前提」となるとシャイン博士は考えました。
こうした組織文化は企業だけでなく、それぞれの部署でも成立しえます。それが行き過ぎるとセクショナリズムに陥る可能性があり、注意が必要です。
セクショナリズムとは業務の一部分を自分たちのチーム内で完結させ、他部署や社外の人々とのコミュニケーションを減らすなど排他的な行動をとる傾向を言い、部署同士の円滑なコミュニケーションを阻害するものになります。
セクショナリズムの防止のためにも、自分たちの部署が何を常識と考え、どのようなことを基本的前提とおいているのを知ることは重要なのです。
2 他部署の文化を尊重する
異なる文化を持つ部署間で、互いを尊重することは相互理解を深め、円滑な協力体制を築くために極めて重要です。自部署の文化を理解した上で、次に行うべきは他部署の文化を知り、その違いを受け入れることです。
まず、他部署がどのような業務を担当し、どのような目標を掲げているのかを理解することから始めましょう。たとえば、営業部門が「短期間での成果」を求めるのに対し、研究開発部門が「長期的なプロジェクトの成功」を重視するのは、それぞれの目標や責任が異なるためです。この違いを理解することで、互いの視点を尊重できるようになります。
また、自分たちの文化が「正しい」と思い込み、他部署に押し付けることは対立を生む原因になります。違いがあるのは当然のことであり、その違いが全体の多様性やイノベーションを支える重要な要素であると認識しましょう。
さらに、異なる部署間でも、必ず共有できる目標や価値観が存在することに着目しましょう。たとえば、「顧客満足の向上」や「会社全体の成長」という視点を共有することで、部署間の溝を埋めるきっかけが生まれます。
他部署の文化を尊重しようとする姿勢は、信頼関係を築くための第一歩です。また、尊重することによって、他部署からの理解や協力を得やすくなります。たとえば、ある部署が「私たちの意見を真摯に受け止めてもらえた」と感じれば、対話が進みやすくなり、協力体制が強化されます。
3 アサーティブなコミュニケーションを意識する
アサーティブなコミュニケーションとは、自分も相手も大切にしたコミュニケーションを言います。臨床心理士の平木典子氏は、アサーションとは「自他尊重の自己表現」という意味があることを指摘し、コミュニケーションにおいて「互いに率直に、素直に、正直に自分の気持ちや考えを伝えあい、それを互いに聞き合う」という意味であると説明しています。
アサーティブなコミュニケーションは4つのセリフづくりのステップを押さえることで実践できます。その4つのステップをDESC法と言い、下記のような効果があります。
- 感情的にならずに冷静に話し合える。
- 相手に配慮しつつ、自分の意見をしっかり伝えられる。
- 解決策を具体的に提案するので、相手が行動を変えやすい。
ここでは事例のオオノ部長の立場から、会議においてDESC法を利用した発言を図る例を用いてDESC法を活用したコミュニケーションを紹介します。
D: Describe(状況を描写する)
自分が対応しようとする状況、相手の行動について具体的な状況や事実を冷静に説明します。このとき、自分の主観や感情を入れず、相手の動機や意図などへの推測はしないようにしてください。あくまでも事実だけを伝えることが大切です。
例: 「先日の会議で、生産部の能力が落ちている、納期に合わせられないのは当方の過失であるとタカハシ部長から発言がありました。」
E: Express(感情を表現する)
次に、自分がその状況に対してどのように感じたのかを伝えます。このとき、「私はこう感じた」という形式で話し、自分の感情として説明することで相手に責任を押し付けないようにします。続く提案へスムーズにつなげるため、あまり感情的な発言にならないようにすることが必要です。
例:「そのとき、当方としては生産部の現状を無視した発言のように思いました。すでに伝えた通り、生産部は現在減産せざるを得ない状況にあり、減産は当方の意思で行っているわけではありません。会社が今まで守ってきた即納姿勢を守りたいのは生産部としても同じです」
S: Specify(望む行動を提案する)
続いて、自分が相手にどのような行動をしてほしいのか、具体的な希望を伝えます。また、妥協案の提示や解決策の提案などもここに含まれます。これにより、相手が次に取るべき行動が明確になります。
例:
「営業部にはその状況を理解し、納期については余裕を持った設定で交渉をお願いします。もしそうした交渉が難しい顧客がいるのであれば、営業部のなかで融通が効く顧客から調整していただければと思います。」
C: Consequences(結果を伝える)
最後に、相手が提案を受けた場合、拒否した場合の両方のケースで自分がどのように行動をするかを伝えます。その行動によって相手を脅かすことのないよう留意し、対話ができる余地をきちんと残すことが重要です。
例:
「もしこの提案を受けてくださるなら、生産部は週当たりの生産量の見込みを週次で営業部に報告します。これによって営業部内で顧客への納品日の優先順位が判断できるようになると思います。また、もしこれでは難しいということでしたら、営業部内で顧客の優先順位つけていただき、優先度が高くリストされた顧客分から生産納品するということではいかがでしょうか。」
部署間の文化の違いを理解し、多様性を活かすために
職場での部署間の文化の違いは、多様性をもたらす一方で、摩擦や対立を引き起こす原因にもなります。この記事では、具体的な事例を通じて、その解決策を探りました。
まず、自部署の文化を理解することが重要です。それぞれの部署には、過去の成功体験や日々の業務の中で形成された「常識」や「基本的な前提」が存在します。これを意識的に知ることが、他部署との対立を防ぐ第一歩です。一方で、他部署の文化も尊重し、相手の背景や目標を理解する努力が必要です。異なる文化の存在を前提に、お互いの強みを生かしながら協力することが、組織全体の成果につながります。
また、対立を解消するためには、アサーティブなコミュニケーションが効果的です。自分も相手も尊重しながら率直に意見を伝えることで、感情的な衝突を避け、建設的な対話を進めることができます。その具体的な手法として、DESC法を活用すれば、冷静かつ具体的に問題を解決する道筋を示せるでしょう。
最終的に大切なのは、自らが所属する部署の文化、考え方や価値観を知ることです。それはいわば部署の「ひととなり」と言っても過言ではありません。一人一人価値観や考え方が違うように、それぞれの部署には固有の考え方や暗黙の前提があります。自部署だけでなく、他部署の文化や目標を理解することは、こうした固有の考え方や暗黙の前提を可視化させ、アサーティブなコミュにケーションを図る効果があります。
事例のI社は、その後全社で自組織の文化理解を深めるため、部門を横断したジョブローテーションやプロジェクトを手上げ制で実施することで、部門間の衝突を乗り越えました。このような取り組みは全社的に波及し、各部署が尊重し合いながら会社の利益という共通の目標に向かって取り組むことができています。
組織内の多様性を活かし、全体のパフォーマンスを向上させることは円滑なコミュニケーションに有効です。摩擦が起きた際には、それを対話のきっかけと捉え、より良い関係を築いていきましょう。