陰口は人間関係の中で生じる軋轢でも陰湿なもののひとつであり、言われた人だけでなく周囲へも影響を与える行為です。この記事では陰口の特徴やその背景にある心理、陰口を言われたときや同意を求められたときの実践的な対処法を提案します。
目次
陰口とは
陰口(かげぐち)とは、本人がいないところでその人の悪口や批判を言う行為を指します。この行為は、陰口の対象となる人(対象者)に直接伝えられることはなく、第三者同士の会話として行われるのが特徴です。陰口には、対象者を傷つける意図がある場合もあれば、陰口を言う人(発言者)の単なる不満やストレス発散の手段として行われる場合もあります。
陰口はさまざまな場面で見られますが、具体的には下記のようなものが該当します。
- 外見に対する陰口:「あの人はいつも服装がだらしない」
- 性格に対する陰口:「融通が利かない」
- 能力に対する陰口:「見た目にばかり気を使っていて、中身が伴っていない」
- 行動、言動に関する陰口:「あのやり方は行き過ぎだと思う」「できないくせに無理しすぎだ」
陰口の特徴
私たちが社会生活を営む中で、陰口は無視できない影響を持ちます。陰口の特徴として、下記のような点が挙げられます。
-
対象者がいないときに行われる
陰口は、対象となる人がその場にいない状態で行われます。そのため、陰口を言うことによって本人が陰口を言うに至った直接的な問題や不快感の解決に解決に結びつくことはありません。
-
主観的な要素が強い
陰口は発言者の主観や感情に基づいていることもあり、客観的な証拠がない場合もあります。
-
対象者との間に上下関係がある場合に行われる
陰口の対象者と発言者の間に上下関係があるときで、発言者のほうが立場的に下にな る場合に多く見られます。嫌いな人と関わることを避けられない状況下で、発言者の 心理的なガス抜きの手段として陰口が用いられている可能性があります。
-
発言者と親しい関係のとき、陰口に同調してしまいやすい
本来、自分一人であれば見過ごせるような話題でも、親しい相手を経由すると受け入れやすく、話題に同調する心理が働きます。そのため、発言者と親しい関係であると、その話題に対して積極的に否定しようと思わず、同調するような言動をしてしまう可能性があります。
-
陰口の対象になると深刻な心理的影響を受ける
陰口を言われた対象者がその事実を知ることにより、嫌悪感や自己否定感を抱かせるほか、場合によっては精神的な健康を損ねる可能性もあります。
言うまでもなく陰口には悪い影響も多く見られ、褒められた行為ではありません。しかし、このような特徴があることを知ることによって、陰口に悩まされることから身を守ることができます。
【事例】サークルの輪を乱す友人へのモヤモヤ
映画鑑賞サークルは、大学生活の中でS木さんにとって特別な場所でした。映画好きが集まり、見終えた作品について自由に感想を語り合うその空間は、勉強やバイトの疲れを忘れさせてくれる息抜きの場でもありました。しかし、その和やかな雰囲気を曇らせる存在がいました。それがT野さんです。
T野さんは映画の知識が非常に豊富で、サークル内でも一目置かれる存在でした。しかし、見終えた映画に対するT野さんの発言はいつも辛辣です。「あの脚本は矛盾だらけだ」「演技が陳腐すぎる」といった批判的なコメントが目立ち、無条件で映画を楽しむメンバーに対しても「理解が浅い」「これだから素人はダメだ」などと見下すような態度を取ります。初めのうちは「映画通らしいな」と思っていたS木さんも、次第にT野さんの態度にモヤモヤしたものを抱えるようになりました。
そんなある日のこと。サークルの後でS木さんが片付けをしていると、F城さんが近づいてきてこう言いました。「T野って、映画に詳しいから偉いって勘違いしてる。何様って感じだよな」。その言葉に、S木さんは思わず同調してしまいました。
それ以来、F城さんは何かにつけてT野さんの悪口を口にするようになりました。「T野の見方はステレオタイプだよな」「自分の意見が一番だと思ってるんだよ」。初めは共感していたS木さんでしたが、次第にF城さんが誰彼構わずT野さんのことを陰口にする様子に違和感を覚えるようになりました。特に、直接T野さんと話すときは愛想よく振る舞いながら、裏では毒づくその態度に不快感が募っていきました。
とはいえ、映画サークル自体の居心地は良く、S木さんはこのサークルを卒業まで続けたいと思っています。あと2年ほど、T野さんやF城さんのことを気にしすぎずにやり過ごそうと自分に言い聞かせました。それでも心のどこかで、「このモヤモヤはどうしたら晴れるのだろう」と悩む自分がいることをS木さんは自覚しています。
S木さんの中で、サークルという心地よい空間を維持しつつ、T野さんやF城さんとの付き合い方に折り合いをつける方法を模索する日々が続いています。
陰口は集団をまとめるための道具にもなる
前述の事例では、T野さんの態度を欠点と感じたS木さんがモヤモヤとした不快感を抱えていたところに、F城さんが陰口を言ってきて、最初は同調しています。しかし、今度は表裏のあるF城さんに不快な感情を覚えるようになりました。その後、S野さんは「あと2年だから」とやり過ごすことを選択しています。
このように、他人の欠点に気が付いた場合、私たちは様々な方法でその事実に対処しようとします。その方法の一つに、いわゆるダメ出し、助言といった直接相手に働きかけるアプローチ方法があります。しかし、欠点を直接対象者に伝えたり、助言をするといった行動はかなりデリケートな配慮を要する行動です。相手が強い不快感を感じたり、怒りや反発する可能性が高いため、非常に仲が良い、あるいは信頼関係ができている場合に行われることが多いようです。
助言やダメ出しよりも好まれやすい行動は、対象者本人の前で冗談になるようにその事実を伝える「いじり」と呼ばれる行動です。いじりはいじめやからかいよりも肯定的な特徴を持つとされますが、その行為を肯定的に受け取るか否定的に受け取るかを判断するのは対象者自身であることには注意が必要です。
さて、対象者がいないところでその欠点を話題にすると陰口という行動になります。ある研究では、陰口によって対象者にとってネガティブな雰囲気を作っていくことで、集団がまとまっていく効果が示唆されています。このように集団の力学や相互作用などの集団に与える影響をグループ・ダイナミクスと呼びますが、この考え方の中に「集団の中に居続けたいと思う度合い」という概念(集団凝集性)があります。この概念を強めることで集団としての一体感もうまれるのですが、陰口にはこれを高める効果もあるのです。
集団凝集性が高まりやすい環境については研究で知られており、その要件のひとつに集団に対するライバルや外的脅威があることという条件があります。陰口に同調することにより、グループの中で「良くない行動」が共有される効果が働き、よくない行動をする対象者を排除しようとすることで、暗黙のルールが強化されるためです。そのため、陰口をすることで集団としてまとまりがよくなる場合があります。
より消極的な対応として、「我慢する」「無視する」という方法もあります。この方法では、積極的に対象者へ働きかけることはしないため、不快な状況がすぐに軽減するわけではありません。しかし、対象者のことを意識せず、対応を控えると決めることで、最低限のストレスにとどめる効果が期待できます。また、時間が経つにつれて、陰口の原因となっている対象者との関係が自然と薄れていくのを待つこともできます。この対応は、集団の輪を乱すことなく、自分から関係を荒立てることもないため、多くの人にとって現実的で好まれる選択肢といえるでしょう。
陰口を自分が言われたときの対処法
陰口が持つ特徴やその影響を理解した上で、最も大切なのは「自分がどう感じるか」を知り、その感情をどう扱うかということです。陰口が集団に与える影響や他者の行動を変えることは難しいですが、自分自身がどのようにそれを受け止め、対応するかはコントロール可能です。 陰口を言われたときの対処法を冷静に実践することで、自身のストレスを軽減し、健全な人間関係を築く助けになります。ここでは陰口に対する対処法の例を4つ紹介します。
1 取り合うか、聞き流すかを判断する
陰口を言われていることを知ってしまったとき、その陰口の内容について発言者に直接意図を問いただすか、聞き流すかを検討します。問いただすことは相応のエネルギーも使う行為であり、あえて対応せず距離を置くことで、自分の心を守る選択も有効です。また内容について自省する要素があるかどうかも考慮して、自分にとって最善の対応を選びましょう。
2 感情的にならずに対応する
陰口を知ったとき、感情的に反応するのは避けるべきです。怒りや悲しみが込み上げてきても、一旦冷静になり、自分がどう行動すべきかを慎重に判断することが、トラブルを拡大させない鍵となります。
3 信頼できる人に相談する
陰口を言われたことに苦しんでいる場合、信頼できる友人や家族に相談することも大切です。第三者に話を聞いてもらうことで、自分の気持ちを整理し、冷静に対応策を考える効果があります。また、客観的に見て自省する要素があるかどうかについて意見を求めることができます。
4 陰口は「ひとつの意見」と割り切る
陰口は発言者の主観に基づいていることが多いため、必ずしも自分自身の価値を反映しているわけではありません。「その人の意見は一つの見方に過ぎない」と考え、割り切って扱うことも有効です。
陰口への同意を求められたときの対処法
陰口への同意を求められたとき、どう対応するかは非常にデリケートです。その場の雰囲気を壊したくないという気持ちや、発言者との関係性を悪化させたくないという葛藤が生じることもあります。そのため、陰口への同意を求められたとき、完全に拒否するのが難しい場合もあります。
ですが、安易に同意することで、他のメンバーとの間で新たな誤解や不信感を生む可能性があります。ここでは、陰口への同意を求められた際に活用できる具体的な対処法をご紹介します。
1 中立的な姿勢を取る
陰口に対して積極的に賛成も反対もしない中立的な態度を取ることで、その場の空気を悪くせず、同意を避けることができます。たとえば、以下のような返答をして話題をかわすのがおすすめです。これにより、発言者との関係を壊さずに自分の立場を守ることができます。
対処法の例:
- 「そういう見方もあるんだね」
- 「確かにいろんな意見があるよね」
- 「あまりよくわからないから、なんとも言えないな」
2 別の話題に切り替える
陰口の内容に対して深く触れず、別の話題に切り替えることで、自然に会話を流すことができます。陰口の話題を長引かせないようにすることで、ネガティブな雰囲気を回避する効果があります。
対処法の例:
- 「それより、この間の映画の話だけど、どう思った?」
- 「そういえば、あのイベントどうだった?」
3 相手の意図を確認する
発言者が陰口を言う理由をさりげなく探り、その背後にある感情に共感を示す方法です。これにより、発言者自身が陰口を言う原因に気づくきっかけを与え、会話を建設的な方向に導けることがあります。
対処法の例:
- 「それって何か嫌なことがあったの?」
- 「どうしてそう思ったの?」
4 物理的にその場を離れる
どうしてもその場に居づらいと感じた場合、適切な理由をつけてその場を離れるのも有効です。直接的に陰口を否定せずに距離を置くことで、話題に参加したくない気持ちを伝える効果もあります。
対処法の例:
- 「ちょっとトイレに行ってくるね」
- 「先に片付けを手伝ってくるよ」
自分の嫌だと思う感情に向き合う
陰口がもたらすストレスを軽減するためには、まず「自分が何を嫌だと思うか」を知ることが重要です。たとえば、「表裏のある態度にモヤモヤする」「自分のいないところで批判されるのが辛い」といった自分の感情を具体化し、それを受け入れることで、ストレスを管理しやすくなります。
嫌な感情をコントロールするための3つのステップ
-
自分の感情を観察する
陰口を知ったとき、まず「何が嫌だったのか」「どの部分が引っかかったのか」を内省します。これにより、自分のストレス源を明確にできます。
-
嫌だと感じる原因を分類する
感情の原因が「相手の態度」「自分への不当な批判」「集団内での孤立感」など、どの部分に起因しているかを分析します。原因を知ることで、具体的な対処法を考える手助けになります。
-
自分の価値観を確認する
「何を大事にしたいのか」「どのような関係性を望むのか」を再確認します。自分の価値観が明確になれば、陰口やそれに対するストレスを、自分の中でより客観的に捉えることが可能です。
自分が「何を嫌だと思うか」を知ることの重要性
陰口が持つ側面やその影響を理解した上で、最も大切なのは「自分がどう感じるか」を知り、その感情と向き合うことです。陰口が集団に与える影響や他者の行動を変えることは難しいですが、自分自身がどのようにそれを受け止め、対応するかはコントロール可能です。特に陰口を言われたときの対処法を理解し、実践することで、ストレスを軽減し、健全な人間関係を築く助けになります。
陰口やネガティブな感情は、人間関係の中で避けがたい部分でもあります。しかし、それに対して自分がどう感じるのかを知り、適切に対処することで、ストレスを最小限に抑え、健全な人間関係を維持することができます。陰口を完全に防ぐことは難しいかもしれませんが、「自分が何を嫌だと思うか」を深く理解し、その感情と向き合うことが、最も効果的なストレス軽減策となるのです。