夫婦間の「性役割期待」のズレは、関係を深刻に揺るがす要因です。本記事では、社会的な「正しさ」ではなく、夫婦間の「相性」に焦点を当て、期待を共有し幸せな関係を築く方法を探ります。
夫婦として幸せな関係を築いていくために重要なポイントの一つとして、自分に対する相手の「役割期待」に応えていくこと、しかも、それが夫婦の片方だけでなくお互いにそのミッションを遂行することがあります。
「お互いに相手が望むパートナーであろうと努力すること」と言い換えることもできるでしょう。これは夫婦関係に限らず、人と関わる上で大なり小なり共通するポイントです。
しかし、長い時間を共に過ごすからこそ、夫婦の間ではこの「役割期待」の認識のずれによるすれ違いが起きやすいのです。積み重なったストレスは、不仲や離婚の原因にもなるためこのズレは夫婦にとって深刻なものです。
「ジェンダー」という言葉もすっかり市民権を得た現代社会では、「男性だから○○すべき」「△△は女性の役割」というような性別だけで特定の役割を期待することは、時代に合わなくなっています。
その一方で、一対一の関係性の中で大切なのは、「世間的な正しさ」ではなく、「パートナーとの相性」です。自分と「相性がいい相手」とはどんな人なのでしょうか?
今回は役割期待の中でも、夫婦間の「性役割(ジェンダーロール)」に着目して、どうすれば夫婦として幸せな関係を維持できるのかを考えていきます。
目次
役割期待とは何か?相手との適切な関係性を築くための方法
夫婦の話に入る前に、まずは役割期待について確認しておきましょう。役割期待とは、「特定の社会的地位や状況において、その個人に対して周囲から期待される役割」のことを指します。地位や職業、性別などによっても期待される役割は異なり、また相手との関係性によっても変化します。
日常的に起こる人間関係のトラブルの多くは、この役割期待のずれによって生じていると言っても過言ではありません。
例えば、「この部分の判断は上司のAさんの役割だ」と考えている部下のBさんと、「Bさんはもう5年目なのだから、自分で判断できるはずだ」と考えている上司のケースを考えてみましょう。
上司のAさんの視点からすると、経験を積んでもいつまでも自分で判断をしようとしない部下のBさんの姿は「指示しないと何もしない」「いつまで経っても成長しない」と見えてしまうでしょう。一方で、Bさんの視点からすると、「上司なのに責任を果たしてくれない」「自分に仕事を押し付けている」などというように見えているかもしれません。
これは責任を押し付け合っているような場合だけでなく、部下のBさんは上司のAさんのことを立てて判断を仰いでいるなど、良かれと思った行動が裏目に出ている場合もあります。
こうしたすれ違いは結果的に両者にとってストレスになり、場合によってはパワハラなどの原因にもなってしまいます。
役割期待のずれによるビジネスシーンだけではなく、日常的な様々な場面で起こります。
例えば、電車で横に座っただけの他人から「急に寒くなりましたね」と声をかけられた場合、驚いたり、不快に思う人も少なくないでしょう。「そのお洋服とても素敵ですね」などポジティブな言葉であっても同じです。むしろ、いきなり褒められたらもっと気味が悪いかもしれません。これは、「他人」としての役割期待を逸脱して、急に親しげに話しかけられたことが原因です。
ここまであからさまなケースでなくとも、親しい先輩と話していたら「流石に今のは失礼だよ」と怒られた、友達のことを思ってアドバイスをしたつもりだったが「上から目線なところが嫌」と他の友達に愚痴を言われていた、取引先の人を食事に誘ったが「機会があれば..….」と遠回しに断られたなどなど、あらゆる場面で「役割期待のずれ」は起こっています。
夫婦の役割期待のずれはなぜ深刻なのか?
このように役割期待のずれは、日常的に起こってしまうものです。深刻な場合は、無意識のうちにハラスメントの加害者になってしまったり、友人を傷つけて疎遠になってしまったりすることもあるでしょう。
とはいえ、日常生活の中でハラスメント加害を告発されたり、友人と大喧嘩になる、ということがほとんどないように、ほとんどの場合は、多少の「役割期待のずれ」があってもそこまで大きな問題になりません。
そもそも、多くの人は成長する過程で「相手が自分に対して何を期待しているか」を推し量る能力を育んでいます。お互いが相手のことをきちんと尊重し、向き合う姿勢さえあれば、決定的な亀裂が生じる前の段階で、お互いに「相手への期待」と「自分の行動」を調整することができます。
例えば、最初に例に挙げた上司Aさんと部下Bさんの関係においては、どこかの機会にAさんが「Bさんはすでに○○の判断をできる能力と経験があるので、これからは頼みたい」と伝えることで、役割期待のずれを解消することができる可能性が高いでしょう。
逆に、いつも少し失礼な言動をする後輩を前にしても「自分を慕ってくれているからこそ、こうした態度で接してくるんだな」と思うことができれば、多少の失礼は許せることもあるでしょう。
また、何より「結局は他人」であるがゆえに、どちらかが妥協して相手に合わせることができる場合もあります。
例えば、「部下は上司の経験談から学ぶもの(=話を喜んで聞く役割を期待している)」という考えのもとで、飲み会のたびに過去の武勇伝を語る上司の相手をするのは確かに面倒ですが、2~3時間であれば我慢することもできるでしょう。
「我慢して相手に合わせる」と言うとネガティブな印象が強いですが、人間関係がお互いの多少の我慢の上に成り立つことは、誰もが認めるところでしょう。
しかし、夫婦関係においてはこの我慢がずっと続くことになります。しかも、接している時間が長い分、ストレスも蓄積されやすいのです。そのうえ、「夫に期待する役割」「妻に期待する役割」と一言で言っても、その内実は非常に多面的です。
例えば、一対一の関係だけに限らず、親や友人と過ごすときの言動なども重要になります。子どもを持つ夫婦の場合は、「子どもの親として期待する役割」も増えていきます。
つまり、そもそも「役割」が多いため、「役割期待のずれ」が生じる可能性も高く、またそのずれが我慢できないほどのストレスになってしまうリスクが高いのです。
「性役割期待」がずれていると離婚の原因に?
日本における夫婦の離婚理由のトップは「性格の不一致」です。別記事で深く掘り下げている通り、この「性格の不一致」の背景には実は様々な要因が隠れています。
<リンク:夫婦関係を科学する②データでひもとく離婚の要因:幸せな結婚生活を維持するための条件?>
恋愛結婚が9割を超えているにもかかわらず、「性格」が原因で別れてしまう原因には、生活スタイルや周囲の状況が変化する中で「性格が合わなくなってしまった」という場合が少なくありません。もともとは一致していたものが変化する場合もあれば、これまで表面化していなかった譲れない価値観の違いが、何かをきっかけに表出することもあります。
中でも、特に夫婦関係で大きな問題にあるのが「性役割」に対する期待です。
同性婚が認められていない日本では、「夫婦=男女のカップル」が前提です。そして社会の中で「女性」と「男性」は、それぞれ異なる役割を期待されているのです。この社会における性別に紐づいたイメージや役割期待を「性役割(ジェンダーロール)」と呼びます。
典型的な例として、「母性」という言葉が端的に表す「女性には子どもを産んで育てたいと思う性質がある」という考えなどが挙げられます。統計的にみると「子どもを持ちたい」と考える女性が多数派とはいえ、当然ながら、女性全員が持っている性質ではありません。
「男は泣かない」というのも典型的な性役割期待の一例です。わざわざ述べるまでもなく、涙もろい男性もいれば、悲しくても涙は見せない女性もいる通り、泣かないことは男性に共通の特徴ではありません。
「性役割」というのは社会的に作られたものであって、その性別に本質的に備わっているものではないのです。
しかし、実は多くの人が無意識に「夫は○○すべきだ」「妻が△△するのは当然だ」という価値観(性役割期待)を持っています。ここに大きなずれがあったり、小さなずれが積み重なっていくと夫婦として関係を維持することはできません。
よくある「性役割期待のずれ」の典型例
「性役割期待のずれ」について理解を深めるために、典型的な事例を見ていきましょう。
「女性は家で家事・子育て、男は外で仕事」
女性は家で家事・子育て、男性は外で仕事。こうした男女二元論的な考え方は、徐々に薄れてきているものの、依然として社会の中に根強く残っています。
例えば、内閣府が行ったある調査では、「(結婚したら)家族のために、仕事は継続しなければならない」と思うかという質問に男性の8割弱が「とてもそう思う」か「そう思う」と回答しています。女性の回答も同じくらいの割合であったことから、「男性=家族のために仕事をする」という性役割期待が社会的に共有されていることがわかります。
「家事は、主に妻にしてほしい」という質問に対して男性の約5割、「家事は主に自分がしたほうがよい」という質問に対して女性の約6割が肯定的に答えており、このことから「女性=家事を主に担う」というイメージも垣間見れます。
また、男女別の育休取得率の差や結婚後・出産後の女性のフルタイム勤務者の割合などからも、「女性=子育て」という性役割期待の存在を指摘することができるでしょう。
家族の重要な決定を下すのは夫の役割
家父長制が長らく続いてきた名残もあり、法的には夫と妻が対等である現在においても、「家族にかかわる事項の決定権者=夫」というイメージも根強く残っています。
例えば、対等な関係性の夫婦であっても、何らかの契約をする場合は夫の名前で手続きを行うカップルの方が圧倒的に多いです。戸籍の筆頭者もやはり圧倒的に男性の方が多いです。
このような形式的な部分だけでなく、例えば進学や就職、結婚などの重要な選択をする際に、「まずは母親に相談をしたうえで、父親の許可をもらいにいく」という場面はありふれた光景です。
このような性役割期待は、社会のなかで多くの人が抱いてるものではありますが、当然ながら、誰もが共通して持っているものではありません。
しかし、これだけ日常的に存在していると、「夫なら○○して当たり前」「△△するのは妻の役割」という思考の落とし穴にはまってしまいがちです。
「過剰な性役割期待を相手にしてしまい、その期待が果たされないことに怒ってしまう」というのは、最も典型的な性役割期待のずれによるトラブルの一例です。
性役割期待は「悪」ではなく、相性である
近年では、男女平等の意識が高まっており、「女性は家で家事・子育て、男は外で仕事」や「家族の重要な決定を下すのは夫」という男女二元論的な考え方の人は少なくなっています。
今では、男性が家事・子育てをすることも当たり前になっており、逆に結婚・出産後もバリバリ働く女性も少なくありません。また、「重要な決定は夫婦で話し合って決める」というパートナーシップも当然視されており、今では「黙って俺についてこい」というような男性の方が珍しい存在でしょう。
社会全体で見たときに、「男だから○○」「女は△△」という性役割が少なくなり、一人ひとりが性別にかかわらず自由な生き方を選択できることは素晴らしいことでしょう。
ただし、「夫婦」という一対一の関係において、相手に「性役割期待」を持つこと自体は決して悪いことではありません。大切なのは、相手とその価値観を共有できているかです。
例えば、女性全体に対して「家事や子育ては女性の仕事だ」というのは時代遅れですが、自分のパートナーに対してそれを求めること自体は自由なのです。ただし、これが成立するのは、相手も「家事・育児はいいから、夫には外で稼いできてほしい」という性役割期待を抱いている場合に限られるということを理解しておかなければなりません。
その真逆で、「外に出て仕事をしたい妻」と「家事・育児を中心にしたい夫」の場合でも、お互いに「仕事も家事・育児も分担したい」夫婦の場合でも、二人の間では理想的なパートナーシップが成立します。
つまり、「相性」が大切というのは、お互いが相手が自分に持っている「性役割期待」に無理なく応えられるか?ということを指しています。
自分のパートナーに持っている性役割期待を知ることの重要性
これまで見てきた通り、夫婦の「性役割期待」は正解/不正解ではなく、合う/合わないという相性の問題です。この相性が合っていれば、互いに相手の期待に応えつつ、幸せな関係性を維持できる可能性が高まります。
ただし、これまで取り上げた「仕事」と「家事・育児」の役割分担というのは、山ほどある夫婦間の「性役割期待」の一例に過ぎません。
意見が割れやすいテーマではあるとはいえ、「結婚しても仕事を続けたいか?」「家事・子育てはどのように分担したいか?」などのテーマを、カップルの間で話し合った方が良いということは、わざわざ指摘するまでもなく多くの人が感じているでしょう。
実際に夫婦生活で大きな問題になるのは、本人たちも意識せずに持っている「性役割期待」のずれなのです。
そうした価値観は、自分自身が育つ過程で自然に身に着けたものであるため、なかなか自分で気が付くことができません。しかも、本人が「自分が相手に○○を期待している」と意識できていないレベルのものなので、相手も気が付きにくいという特徴があります。
幸せな結婚生活を続けるためには、「今一緒にいて心地よいか」だけではなく、将来的に起こりうる様々なイベントも想定して、自分自身がパートナーに求める「性役割期待」をまずは自分が理解する必要があります。お互いに自分の中の無意識の領域を言語化することで、お互いの期待値を調整したり、相手の期待に応えようと前向きな努力をしていくことが可能になるでしょう。