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定年退職の喪失体験にどう向き合うかー現代の企業に求められる社会的責任を考える

定年退職の喪失体験にどう向き合うかー現代の企業に求められる社会的責任を考える

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1tonariメディア編集部

 人生100年時代を迎え、企業には在職中だけでなく「定年退職後」の社員の暮らしにも目を向ける社会的責任が求められています。本稿では企業経営者・人事労務担当者向けに、様々な研究結果をもとに、定年退職が社員にもたらす喪失体験の影響と対策について具体的に紹介します。

定年退職するまで働きたいと思わせる会社の条件

「人生100年時代」という言葉がすっかり定着した現代では、国だけでなく企業も旧来のライフコース観を刷新する必要に迫られています。

実際に、日本で暮らす100歳以上の高齢者の人数は54年連続で増加しています。「人生100年時代」というフレーズは決して大げさではありません。平均寿命を見ても、平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.14歳(2023年)となっています。

今回は、そんな時代に企業に求められている社会的責任(CSR)の一つである「定年退職後の社員の暮らし」に焦点を当てます。

「社員が安心して働くことができる環境を作ること」が企業の社会的責任であることは、誰の目にも明らかでしょう。しかし、この責任を果たすためには、在籍中の社員のことだけを考えていればよいわけではありません。「この企業で定年まで働こう」と思ってもらえる企業になるためには、「定年退職後」にも目を向ける必要があるのです。

定年退職まで会社に貢献してくれた社員に対して、企業として一体何をするべきかを探るためには、そもそも社員にとって定年退職がどのような経験なのか?どのように定年退職後の生活を送っているのか?を知らなければなりません。今回は、いくつかの研究論文をもとにこのテーマを深堀りしていきます。

定年後のキャリアを含む「社員を大切にする」姿勢

本題に入る前に、日本における企業と労働者の関係について現状を簡単に整理しておきましょう。キーワードは「雇用慣行の変化」、「人材確保の困難」、「デジタル時代の働き方」です。

第一に、「終身雇用制度の崩壊」などのメディアの見出しからも明らかな通り、日本における雇用慣行は刻々と変化しています。労働者にとって転職は当然の選択肢になっており、企業もジョブ型雇用をはじめとする経験やスキル重視の人材採用を進めています。つまり、「新卒採用で入社した社員が、様々なポストを経験しながら定年退職まで勤め上げる」という従来の日本型雇用システムは大きな転換点を迎えているのです。

第二に、周知の通り、少子高齢化などの影響で日本は慢性的な労働力不足に陥っています。「令和5年版高齢社会白書」では、2030年には2023年と比べて労働人口が300万人も減少すると予測されています。別の調査によると 、2030年には644万人もの人材が不足する可能性が高い状況です。政府は、女性やシルバー人材の活躍推進、外国人材の受け入れ拡大などを通じて労働人口の確保に取り組んでいますが、見通しは明るくありません。

こうした状況の変化に加えて、生成AIの飛躍的な進歩などにより、働き方そのものも劇的に変化しています。この変化は、社会全体にポジティブな影響を及ぼすことが期待される一方で、「AIでなくなる仕事〇選」などの特集記事が多くのレビューを集めることからもわかる通り、人々の中には将来に対する不安や懸念も広がっています。つまり、社員が経験を重ねて獲得したスキルの中には、AIによって代替されてしまうものもあるのです。

以上をまとめると、現代の日本社会では、「①働き方の多様化」と同時に「②人手不足が進行」しており、さらには働き手にとっても「③未来を予測できない」状況があると言えるでしょう。

このような状況の中で、多くの人に選ばれる企業であるためには、給与や福利厚生をはじめとする待遇だけでなく、リモートワークをはじめとする多様な働き方を支援する施策、必要に応じたリスキリング支援等を通じて、いかにして「社員が安心して、長期的に働ける環境を整えることができるか」を考えなければなりません。

大きな変化の真っただ中にある現代。未来の予測可能性が揺らいでいる現代では、むしろこれまで以上に「どれだけ社員を大切にするか」が重要になっているのです。

なぜ「定年退職後」まで考える責任があるのか?

とはいえ、経営者や人事労務担当者の中には「現役社員が安心して働ける環境を作る責任があるのは分かるが、なぜ定年退職後のことまで企業が考えなければならないのか?」と疑問を持つ人も少なくないでしょう。

確かに、雇用関係が終了している以上、定年退職した社員とは法的な関係はありません。元社員が定年後にどのような生活を送ろうと、企業に法的な意味での責任が生じることはないのです。

しかし、「定年後は法的な責任がないから関係ない」という態度の企業は、当然ながら「社員を大切にしている」とは到底言えません。そんな企業が「現代の労働者に選ばれるか?」といえば、その答えは明白です。

その逆に、社員が「うちの会社は定年後の生活のことまで考えてくれている」と感じられる環境を整えることができれば、社員の帰属意識は高まり、離職率を下げることができるでしょう。また、社会的な信頼も高まり、結果的に企業にとってもプラスになると考えられます。

「人生100年時代」において、定年退職まで企業に貢献してくれる人材を確保するためには、定年後のセカンドライフまでを含めた社員のライフコースを考える必要があるのです。

定年退職によって社員が直面する「喪失体験」を知る

では、具体的に企業は何をすべきなのでしょうか?その答えを考えるためには、「退職した元社員がどのような経験をするのか?」、「どのような生活を送っているのか?」を知ることが欠かせません。

これを知るためのヒントを与えてくれるのが 「老年学(Gerontology)」と呼ばれる研究分野です。その名の通り、老年学は加齢に伴く様々な課題を研究し、人々が生涯をよりよく生きる方法や制度を探求する学問です。医学や福祉学はもちろん、心理学や社会学など幅広い分野にまたがる学際的な学問として知られています。

今回は老年学のなかで大きな注目を集めている「定年退職にともなう喪失体験」に注目します。喪失体験とは「自分にとって大切なものを失う経験」のことを指します。人生の多くの時間を捧げてきた仕事を退職することは、それだけの苦しみをともなう経験なのです。

退職によって何を「失った」と感じるかは様々ですが、今回は定年退職から5年以上経過した男性7人にインタビュー調査を行ったある研究をもとに、具体的な退職者の声を取り上げます。

①社会的役割の喪失:世間から取り残された感覚

定年退職にともなう喪失体験として、最も大きなものの一つが社会的役割の喪失です。基本的に、職場での役割は年齢とともに重要性を増していくものです。

コツコツと積み重ねてきた実績と信頼。それによって職場で与えられた肩書や役割。定年退職とは、こうしたものが一気になくなる経験なのです。仕事に熱心に取り組んできた人であればあるほど、この喪失体験は大きなものになります。象徴的な「声」を見てみましょう。

  • [介護も] 仕事も俺がいなくちゃ回らなかったんだよ。それが、俺が1日ここに座っていても困らないというか、考えて恐ろしくなった。

ほとんどの日本企業で採用されている年齢による一律定年制の場合、個人の仕事への貢献度や労働への意欲とは無関係に決められた年齢に達した時点で仕事を失うことになります。定年になれば退職することはわかっていても、いきなり役割を失うことは大きな喪失感がともなうことがわかります。

②心身の健康:健康的な生活が送りにくい

2022年の厚生労働省の発表によると、定年制を定めている企業のうち、72.3%の企業が60歳、21.1%が65歳を定年としています。60代は、老化による身体機能の衰えが目立ってくる世代です。心臓病や脳卒中など命にかかわる病気のリスクも増加します。どれだけ健康に気を付けていても防ぎようがない老化が、まさに定年退職の前後の時期に一気に襲ってくるのです。

  • 1年ごとに体力落ちてるから、若いころの1年と違う。[中略] せいぜい70前後が元気で過ごせる年齢じゃないかと思っています。

定年退職はこの老化による健康問題を一気に加速させる懸念があります。仕事がなくなることで生活リズムが崩れる、外出の機会が減って運動不足になる、あるいは生活の変化によってストレスを感じるなど健康を損なう要因が多く潜んでいるのです。また人と会話する機会が減ることによって、認知症のリスクが増加するともいわれています。

対象者の職業によっては「退職した人の方が心臓病のリスクが低下する」という研究成果もあるため、必ずしも退職=心身の健康を損なう、とまではいえないものの、「定年退職後も働いた方が寿命が長く健康的」というのは定説になっています。

論文の中では、今回取り上げた「世間から取り残された感覚」「健康的な生活が送りにくい」のほかにも、定年退職に伴って経験した挫折として「家族が冷たかった」「自分のやりたい仕事がなかった」という経験も取り上げられています。

この調査に参加した男性たちは、①定年退職によって会社という居場所を失うと同時に、②家の中にも居場所がない現実を突きつけられ、③新しい居場所を得ようとしても満足のいく仕事を見つけることができなかった、という何重にも重なった喪失を経験しているのです。この最中に、④老化による心身の健康までもが損なわれていく、と考えると定年退職による喪失体験がどれだけ大きいものであるかがわかるでしょう。

定年を迎える社員に企業ができる2つのポイント

では、企業の立場で定年退職を迎える社員に何ができるのでしょうか。何がベストな選択かは、業種や企業規模だけでなく、退職する社員の状況によって異なるため一般化することは困難ですが、ここでは2つの重要なポイントを取り上げます。

①年齢を重ねても活躍できる機会の創出

周知の通り、国レベルの政策として、多様な人材がより長く安定的に働ける機会を確保する動きが進んでいます。この動きの中で行われた改正高年齢者雇用安定法の完全施行により、企業にも2025年4月1日から希望するすべての従業員を65歳まで雇用する義務が課せられるようになりました。

企業としても、単に法律で決められた義務を履行するだけでなく、この機会に一律定年制や継続雇用・再雇用制度を見直すことを検討すべきでしょう。

例えば、リモートワークなどを活用しながら、プロジェクトベースで元社員をアサインできる仕組みを整える、あるいは人手が足りない部門の仕事をクラウド経由でサポートしてもらえる環境を整備するなどが考えられます。

これにより、「定年退職を境に会社から切り離される」という喪失体験を緩和することができるでしょう。また、「頑張りが社内で評価されれば、定年後も責任ある仕事を続けられる」という環境を作ることは、現役社員のモチベーションを高めることにもつながるでしょう。

こうした取り組みは、企業にとっても大きなメリットがあります。前述の通り、人材不足がより深刻化することが予想される中、経験やスキルを持つ社員の存在は貴重です。せっかくの人材が年齢のみを理由に職場を離れなければならない…という状況を解消できれば、より安定的な企業経営につながるでしょう。

②定年後のライフプランを考える機会を提供する

とはいえ、「社員全員が希望する限りいつまででも働ける状況を作る」というのは現実的ではありません。「①年齢を重ねても活躍できる機会の創出」の施策により、定年退職による喪失体験を緩和することはできたとしても、いずれはどの社員も完全に仕事を終える日を迎えることになります。そのために必要なのは、定年退職に対する準備に他なりません。企業ができることはこの「準備」をしっかりとサポートすることです。

近年では、定年前の世代を対象としたライフプラン研修などが定着しています。ですが、老年学の研究によると、こうした研修への参加は定年後の生活を考える機会にはなっているものの、「定年退職に伴う喪失体験」を緩和するための準備をする機会としては十分に機能していません。

ライフプラン研修の中身を見ると、年金制度をはじめとする「①老後の資金管理」に着目したものが多く、そのほかにも「②配偶者との良好な関係を築くこと」、「③体調面や健康にも十分留意すること」、「④趣味を持つことの重要性」などが取り上げられています。確かにいずれも重要な点ですが、それらを説明されたからと言ってすぐに定年準備ができるわけではありません。

前述の調査参加者のなかでライフプラン研修に参加した男性は、いずれも年金受給額や開始年齢ばかりしか記憶していなかったことが報告されています。つまり、実際にライフプランを考える機会にはなっていないのです。

例えば、老年学では「地域社会など会社と家庭以外にも居場所があること」の重要性が広く知られています。職場には定年退職があり、家族とも配偶者との死別・離別や子どもの独立など、回避できない喪失を体験する可能性が常にあります。

心の支えになる「第三の居場所」を定年前から確保することができていれば、喪失を経験して、社会的役割が変化したとしても「世間から取り残されている」という感覚に陥ることはないでしょう。

こうした居場所づくりのサポートをはじめ、真の意味で「定年準備」をサポートすることが重要なのです。

まとめ:社会的責任として「定年退職」を考えよう

これまで見てきた通り、定年退職は社員にとって大切なものを失う喪失体験に他なりません。企業の目線から見れば、定年後の元社員が直面する悩みは実態がつかみにくいものであり、「企業には社会的責任がある」と言われても実感が湧きにくい問題かもしれません。

しかし、老年学が明らかにしてきた通り、この喪失体験は退職後の心身の健康にも影響を及ぼす大きな問題です。高齢者の健康や幸福の問題は、結局のところ日本社会全体の問題でもあります。そう考えれば、長年貢献してくれた社員の定年退職後に対して、企業も一定の責任を負うと考えるべきでしょう。

予測不可能なほどの急速な変化を遂げている現代社会。その中で働く人たちに選ばれる企業であるためには、これまで以上に「人を大切にする」ことが求められます。その中には、退職後の社員の生活を考えることも、当然のように含まれていると考えるべきでしょう。

老年学の研究を通じて、「定年退職とは社員にとってどのような経験なのか?」を知ることは、企業としてかれらになにができるのかを考えるための重要な一歩になるはずです。

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